白磁陽刻人物波状文碗
  • 年代

  • 材料

    陶磁器 - 白磁

  • 寸法

    高5.6、口径20.4

  • 番号

    徳寿 1381

白釉磁器は、鉄分含有率が1%以下でなければならず、澄んだ透明の釉薬を被せた後、高温で焼成する。白磁は後に磁器に色付けする彩色磁の土台を築いた。
白磁は特に北朝代に成功を収め河南安陽、北齊武平六年の範粹墓から出土した白磁がその証拠である。この磁器は、淡い青色を帯びており、白釉の中でも鉄分含有率が高い方であることが分かる。
隋代にはずいぶん発展した状態の白磁が生産され、産地は河北内丘一帯で、唐代には河北邢窯が生産した白磁が最高であった。南方では景徳鎮勝梅亭などの地で、五代の時に白磁を生産しはじめた。宋代の白磁は河北邢窯の定窯が代表的である。定窯の白釉には鉄分が0.96%含まれ、白色の中に象牙色が見られる。
宋代の徳化窯は鉄分が0.29%で、乳白色の澄んだ輝きがある。元代の景徳鎮窯は、青白磁を中心に含有率が0.9%前後である。明代の永楽期には歴史上最高水準に達する。
この遺物は宋代の定窯の椀で、口縁は大きく、腹部は薄く、高い高台を持っている。内側の底部には、波状文の上に二人の嬰児が対稱的に彫られている。文様を彫る技術はそれほど精練されたものではなく、太い道具で彫っている。器壁が非常に薄く、影青の釉薬が均一に塗られている。畳付と高台外側は釉薬を拭ってあり、磁器を焼成する時に互いに付着しないようにした。