• 彫刻・工芸館 粉青沙器‧白磁室
    粉青沙器‧白磁室
    • 位置

      高丽I的展览以高丽王朝的都城开京和地方的文化、

      영상관1은 1F 중앙에서 고려2실 안쪽에 위치해 있습니다.

    主要收藏

    展示室の紹介

      • 粉青沙器と白磁は、朝鮮王朝(1392-1897)を代表する陶磁器である。粉青沙器とは「灰青色の器に白い化粧土をかけ、様々な技法をほどこして製作した陶磁器」である。高麗時代末期の象嵌青磁に起源を持ち、16世紀なかばまで製作された。白磁とは「白土(カオリン)で作った器に釉薬をかけ、1300℃以上の高温で焼いた高品質の陶磁器」で、装飾性をおさえた美しさ、優雅さを特徴とする。
      • 朝鮮王朝の成立後、中央官庁と王室において用いられた陶磁器は、諸郡県に税(貢物)として賦課され、中央に納められた。15世紀なかばまでは、全国各地の窯から中央に納められた陶磁器のほとんどは粉青沙器であった。いっぽう、この時期の白磁は、京畿道・広州(キョンギド・クァンジュ)など一部の地域でのみ製作された。
      • 朝鮮陶磁器の生産は、1467(世祖13)年ごろに大きな変化を迎える。京畿道・広州に、官営の陶磁器製作所である「司甕院分院」が設置され、「官窯」体制が確立したのである。これにより、中央に納められる白磁は、土産貢物として調達する方法から脱却し、官による直接生産・調達が可能になった。官窯の設置に伴い、全国の窯で粉青沙器を製作する必要性が次第に減っていき、粉青沙器は16世紀なかばを最後に、生産が途絶えた。
      • 朝鮮の白磁文化は、官窯の主導によって展開した。官窯では、15世紀なかばから青花(コバルト)顔料で図様が描かれた最高級の青花白磁が製作された。白磁の生産は、壬辰倭乱(文禄の役)が起こった16世紀末から17世紀前半にかけて停滞を見せる。しかし18世紀に入り、国内の経済活動や対外交流が盛んになると、その影響を受けて白磁の生産も増大し、製作技術も向上した。この時期には、王室と文人の趣向を反映した青花白磁が流行した。19世紀後半、官窯に流入する商人資本が絶頂に達し、王室の財政も悪化を続ける状況において、官窯の経営はさらに困難となった。1883(高宗20)年、司甕院分院の運営権は貢人に移譲され、民間貢人が運営する「分院磁器貢所」へと姿を変えた。これによって王室と官庁用器の市場販売が公式化し、400年余り続いた官窯の歴史は、ここに幕を下ろした。