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王室最高の女性礼服、翟衣と翟衣本
Date2019-02-22 Hit546

 王室最高の女性礼服、翟衣と翟衣本 : 閔ボラ

翟衣は、朝鮮王室と大韓帝国皇室において、最も高い地位の女性のみが着用することができた最高の礼服です。翟衣は、翟冠、肩に懸ける霞帔、膝を覆う蔽膝など、様々な衣服と装身具とともに着用します。翟衣の制度が韓国に初めて導入された時期は、高麗時代の恭愍王19年(1370)まで遡ります。明の官服制度を導入し、その後およそ3度にわたる変遷を経ました。最初は朝鮮前期に明(1368~1644)から継受した翟衣の制度で、2度目は明の滅亡後に朝鮮がみずから整備した制度で、3度目は大韓帝国期に改定された皇室の翟衣制度です。国立中央博物館の所蔵品は、翟衣を作るための型紙に該当するもので、雉紋が12行にわたって描かれている「十二等翟衣本」です。袖の部分はなく、胴体部分だけがあり、五色の雉と李花紋様が描かれています。

 翟衣本,20世紀初,縦154.5cm,横28cm,国家民俗文化財第67号

翟衣本,20世紀初,縦154.5cm,横28cm,国家民俗文化財第67号

 翟衣本の細部、雉と李花紋様

翟衣本の細部、雉と李花紋様

王妃の礼服、翟衣

朝鮮の太宗3年(1403)、王と王妃の官服一式が、明の永楽帝成祖(在位1402~1424)から下賜されました。これ以降、王妃の官服は、文宗即位年(1405)から仁祖3年(1625)に至るまで、15回にわたって賜与されました。当時下賜された翟衣一式は、玉と翡翠色の7つの雉で飾った礼冠である珠翠七翟冠、帯紅色で袖が広い大衫、雉を刺繍したチョッキ状の重ね着である褙子、霞帔など、二等逓降原則が適用されて一品官を授かった明の婦人の服飾(命婦一品服)でした。国立中央博物館の所蔵品と同形式の翟衣が整備されたのは、英祖26年(1750)のことです。18世紀中葉に編纂された『国婚定例』や『国朝続五礼儀補序例』の記述から、王妃の礼服として9等級の翟衣制度が確立されたことが分かりますが、このような制度は朝鮮末期まで続きます。つまり、18世紀中葉以降、朝鮮の王は9つの紋様が描かれた九章服を着用し、王妃は9等翟衣を着用しました。
大韓帝国期(1897~1910)には、皇帝国を内外に宣布するなか、皇室にふさわしい官服制度へ改編されます。高宗34年(1897) 6月、皇帝国の地位に合った国家典礼が整備されると、高宗皇帝(在位1897~1907)は同年10月に皇帝の服装である十二章服を着用して皇帝に即位しました。これに合わせ、翟衣も9等級から12等級の翟衣に変わりました。
現在、翟衣は全部で3点のみが伝わっています。ソウル歴史博物館と国立古宮博物館が九等翟衣、世宗大学校博物館が十二等翟衣を所蔵しています。国立古宮博物館の九等翟衣は、1922年に高宗の子である英親王とその妃がソウルにしばらく帰国した際に、王室に挨拶する覲見礼で英親王妃が着用したものです。ソウル歴史博物館所蔵の翟衣は、着用者が明らかでなく、雲峴宮の遺物であることだけが分かっています。一方、世宗大学校博物館所蔵の十二等翟衣は、1919年に英親王の婚礼時に新調した純貞孝皇后尹氏のものです。

翟衣製作のための型紙、翟衣本

翟衣本は、国立中央博物館にあるものが唯一で、蔽膝本とともに国家民俗文化財第67号に指定されています。実際の着用者は不明ですが、世宗大学校博物館にある純貞孝皇后の十二等翟衣と酷似しています。この翟衣本は、複数枚の韓紙を糊付けして作られています。実物とほぼ同サイズで同形態ですが、両袖は付属していません。型紙の細部を見ると、淡い青色の素地に一組の五色の雉を互いに迎え合わせて描き入れ、雉の紋様の間に李花紋を配置しています。雉模様が12行で配列されており、皇后の翟衣本であることが分かります。服の下端と襟には、赤色の紙で縁どりがされていますが、紙に金粉を混ぜて作った顔料で龍と雲が描かれています。李花紋について、文献ではこのような形の花紋様を「小輪花」と称しています。最初に翟衣制度が設けられた後、参考になる事例がなかったため、明の法令集である『大明会典』の翟衣制度や九章服を参考にして図案化したものと考えられます。ソウル歴史博物館と国立古宮博物館の九等翟衣は、赤い中心円の外側に5つの白い小さな円が配置されています。そして、その周囲を5枚の花びらがさらに囲み、小さな花紋様を作っています。一方、世宗大学校博物館の十二等翟衣や国立中央博物館の翟衣本では、真ん中の小さな花の図案がなくなり、代わりに白いおしべが表現されています。そして、周囲に白と赤の花びらを囲み、大韓帝国の象徴である李花紋を表現しています。一般的に服を作るときは、織物全体に紋様を描いた後に裁断しますが、翟衣は身頃や袖、衽などの紋様をあらかじめ考えて配置した後、別々に裁断して作ったものと推測されます。紋様の間隔が少しだけ違っても花の形がずれるため、一列に合うように構成するには、別々に裁断して調節しながら作ることが重要です。そのため、この翟衣本は、翟衣を製作するための型紙として使用されただけでなく、紋様を合わせるためにも必要だったものと思われます。この翟衣本は、十二等翟衣本としては唯一のもので、朝鮮時代の翟衣を再現する上で貴重な資料です。

 翟衣の小輪花紋様の比較

翟衣の小輪花紋様の比較
国立古宮博物館所蔵の九等翟衣の小輪花(左)と世宗大学校博物館所蔵の十二等翟衣の李花紋様(右)
(『文化財大観』重要民俗資料2,服飾・刺繍,文化財庁編,2006)

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