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4仏の世界、<四仏会図>
Date2019-02-22 Hit432

4仏の世界、<四仏会図> : 柳 京 熙

全ての時間と空間に存在する仏

<四仏会図>、1562年、絹本彩色、全体90.5×74.0(画幅77.8×52.2)㎝、宝物第1326号

<四仏会図>、1562年、絹本彩色、全体90.5×74.0(画幅77.8×52.2)㎝、宝物第1326号

天と地、そして過去と現在のどこかに絶対的な大きな力をもつひとがいればと思います。そのため厳しい状況に出会った時や、苦痛でさまよう時、そのひとに懇切な祈願を送りたくなります。

小さな画面に4仏を描き、仏の世界を象徴的に描写した仏画があります。1562年朝鮮王室の宗親であった李宗麟(1538~1611)は、外祖父が亡くなると悲しみに満ちた懇切な心で、亡くなった外祖父と家族の極楽往生を祈願し、生きている外祖母と家族の安寧のため、仏画を造成しました。

仏画の画面上下左右には、4仏が描かれています。仏教の世界観によると世の西側には、苦痛のない極楽浄土が存在します。そしてその世には阿弥陀仏があり、死後に私達を極楽世界へと連れていくと言います。画面上段左側に8名の菩薩と共にいる仏が阿弥陀仏です。阿弥陀の横側には薬師仏がいます。薬師仏は東方瑠璃光浄土にいながら、病気で苦労する人々を治療するといいます。薬師仏の手には病気を治癒する薬壺があります。そして薬師仏の横には12名の神将、薬師十二神将が配されています。さらに画面下側には王子の身分を捨てて、苦行の道を行った仏(Buddha)の釈迦牟尼仏がいます。彼は人間の生が元々つらいもの(苦)であり、その苦痛を無くすためには、欲を捨てて修行しなければならないことを説法しながら、求道者として生きました。釈迦牟尼仏の周囲には、釈迦に従って悟りの道を共にした弟子達と菩薩がいます。そして最後に釈迦牟尼仏の横には弥勒仏がいます。弥勒仏は釈迦牟尼仏が涅槃に入った56億7000万年以降にこの世界に出現し、救世されなかった衆生を救済しに来る未来の仏です。弥勒仏の周囲には、釈迦牟尼仏と同一の姿の弟子と菩薩がいます。阿弥陀仏と薬師仏が空間を象徴する仏ならば、釈迦牟尼仏と弥勒仏は、過去と未来を象徴する仏です。このように4仏を描き、全ての空間と時間のなかに仏が存在していることを象徴的に示しています。仏と菩薩の下側には、鎧を身に付け、両手を恭しく合掌したまま、膝を曲げた四天王が仏の世界を守護しています。

阿弥陀仏と眷属 阿弥陀仏と眷属

薬師仏と眷属 薬師仏と眷属

釈迦仏と眷属 釈迦仏と眷属

弥勒仏と眷属 弥勒仏と眷属

懇切さを記録する

仏画の下段中心には赤い色の正方形の空間を設け、誰がいつどのような縁由でこの仏画を造成したのか金線で記録しました。画記によると、この仏画は王室の宗親である李宗麟が造成を発願しました。李宗麟は、朝鮮第11代国王であった中宗(在位:1506~1544)の5番目の王子である徳陽君李岐(1524~1581)の息子です。李宗麟は、幼い頃を母の実家で送っており、外祖父がすぐ亡くなった権纘(?~1560)です。権纘が世を去ると彼の婿である李岐は、次のような上訴を上げ、外孫である李宗麟が服喪することを請いました。

"妻の父・権纘は、嫡室と妾室にいずれも息子がおらず、小臣(私)の息子である豊山正・李宗麟が初めて生まれた時から居所を準備して育て、死後のことをお願いしました。また死ぬ時に撫でて言うに「私がお前に寄せた情が実の子のように重く、私が死んだ後に喪に服し、私を最後まで寂しい魂にするな」と言いました。ひどく懇切であっただけでなく、李宗麟も恩義が深く重いことを考えては、悲しみ泣き、葬服(衰絰)を着て、外祖父が一生願った意に答えようとするので、その意がたいへん哀切で、忍びないものでした。( 妻父權纉,嫡妾俱無子, 小臣子豐山正 宗麟, 自其初生, 奉巢長養, 倚托身後之事. 又於臨死, 撫而語之曰: ‘我之有汝, 情重親子. 吾死之後, 汝當服喪, 無使我竟爲孤魂’ 云. 非徒言甚哀惻, 宗麟亦念恩義深重, 哀傷號痛, 欲服衰絰, 以答外祖平生願意, 情甚哀切, 未忍禁止) ”

『明宗実録』巻26、15年(1560) 9月 辛卯(28日)條

服喪で葬礼を終えた李宗麟は、仏画を造成し、外祖父の死を慰労しています。画記には次のように記録されています。

“嘉靖壬戌年(1562)6月に豊山正李氏は悲しみを尽くし、伏せて願ったが、亡くなった父(先考)の霊駕(霊魂)、淑媛李氏の霊駕(霊魂)、牧使・朴諫など夫婦の霊駕(霊魂)、娘・億春の 霊駕(霊魂)、息子・李氏の霊駕(霊魂)などが生きている時、積んだ過ちの原因から抜け出し、死後に極楽の九品を磨く果報を証明することを望みます。生きている祖母の貞敬夫人尹氏、徳陽君夫婦、成詢夫婦、朴氏、李伯春、李敬春、李連春などが全ての災厄を抜け出し、福徳と寿命長寿を得て、自らはいつでも百種の害をまとわせる災厄が無く、毎日千種のめでたい慶事があり、途中で夭折せず、老人になるまで長生きすることを願います。(下略)
( 嘉靖壬戌六月日豊山正李氏謹竭哀愫伏爲先考同知權贊靈駕淑媛李氏靈駕牧使朴諫兩位靈駕女億春靈駕男李氏靈駕共脫生前積中愆之因同證死後修九品之果現存祖母貞敬夫人尹氏保體德陽君兩位保體成詢兩位保體小主朴氏保體李氏伯春保體李氏敬春保體李氏連春保體各難灾殃崇福壽亦爲己身時無百害之灾日有千祥之慶壽不中夭黃耈無疆)”

仏画の画記において「先考」と書かれた亡父は、実際には外祖父である権纘を意味しています。 李宗麟は、この仏画を通して亡父の外祖父と淑媛李氏、そして自身より早く亡くなった彼の娘である億春と数名の極楽往生を祈りました。そして生きている外祖母と李宗麟夫婦など家族の安寧を共に祈りました。また「自分自身は害をまとう災厄が無く、めでたい慶事があり、途中で夭折せず、老人になるまで長生きすることを願う」と記すことで、人であれば誰しも健康に長生きすることを願う懇切さを記録しました。

 <四仏会図>の画記

<四仏会図>の画記
仏画、どのように描いたか。

再び仏画のなかに視線を移してみましょう。4仏は、堂々たる姿で画面四方に位置し、安定感を与えています。下段部に描かれた菩薩像は、細長いながらも流麗な姿です。仏・菩薩の顔は、金泥で塗るいっぽう、天部衆の梵天・帝釈天、四天王などと弟子達の顔は、ヌードカラーで彩色され、仏・菩薩と他の尊像の位階を区分しています。金泥は、仏菩薩の顔だけでなく主要文様と光背の輪郭線、画記など主要な部分に彩色されています。金で塗った彩色は、赤色、草緑色などと調和し、王室発願仏画らしい華麗さを示しています。仏の顔は、まつげが弓のように丸く曲がっており、目鼻口は中央に集まっており、唇が非常に小さいです。肉髻頂上には宝珠が鋭く上げられています。このような特徴は、この仏画を始めとして16世紀王室発願仏画に共通して見られます。いっぽう仏の法衣に描写されたS字形円文は、高麗仏画の伝統的文様を継承している特徴です。前代の様式を継承しながらも、仏を中心として菩薩の集まりが円形に群集した構図は、朝鮮時代仏画としての変化した特徴を示しています。

極楽を夢見る

政策的に抑仏崇儒を標榜した朝鮮時代には、逆説的ながらも王室内の妃嬪が多くの仏事を後援しました。16世紀には、中宗の継妃である文定王后(1501~1565)と仁宗(1515~1545)の王妃である仁聖王后(1514~1578)、後宮そして比丘尼をはじめとして王室内の多くの女性達が、仏画の造成を後援しました。彼らは先王先后の冥福と彼らより先に夜を去った子供達の極楽往生を祈願しました。この仏画は、16世紀王室発願仏画の代表的な例で、地位が高い王室の宗親もまた人間としての一途な所望を持っていることを示しています。生きては健康かつ平安で、死後には良い世界で苦痛なく生きたいという、ともすれば当然な、弱い人間の願いかもしれません。

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