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黙笑居士自讚、金正喜
Date2019-02-22 Hit866

黙笑居士自讚、金正喜 : 李 洙 京

辛い状況に陥ったとき、自分を理解してくれる存在を求めます。その対象が家族の場合もあれば友達の可能性もあります。血縁で結ばれてはいなくても、自分と長い時間を共に過ごし自分を良く知り信じてくれる友人がいるならば、世間に疲れた体と心が慰められ再び前に進む力が生まれるのではないでしょうか。あらゆる評価や価値がたやすく揺れ動く現代社会で、石のように堅固な知人との友情が大切に感じられます。苦しいことを経験して心身を病んだ旧友のための変わらぬ友情を秋史・金正喜による楷書の代表作《黙笑居士自讚》において読むことができます。

 《黙笑居士自讚》、金正喜、朝鮮1840年以前、巻物/紙本墨書、32.7cm × 136.4cm、宝物第1685-1号

《黙笑居士自讚》、金正喜、朝鮮1840年以前、巻物/紙本墨書、32.7cm × 136.4cm、宝物第1685-1号
秋史金正喜の楷書の規範、黙笑居士自讚

「黙笑居士」は沈黙を守らなければならないときにはそれに従い、笑わなければならないときに笑うという意味で、黃山金逌根(1785~1840)の號です。金逌根がこの号についての文を作り、金正喜が楷書体で書を書いたのがこの《黙笑居士自讃》です。金正喜は朝鮮時代末期に活動した大学者であり書芸家として、「秋史体」という独特の書体によって私たちに知られています。彼は行書、隷書などのあらゆる書体に長じていましたが、そのなかでも一点一画を正字体で正確に書く楷書においては欧陽詢(557~641)、褚遂良(596~658)、顔真卿(709~785)を手本としました。蘇軾、黄庭堅、劉墉、翁方綱の影響も一部受けており、六朝時代の楷書にも深い関心を持っていたそうです。とりわけ彼は唐の欧陽詢の《九成宮醴泉銘》を最も高く評価しました。

金正喜の楷書は伝わっているものが少ないため一層価値がありますが、ここで紹介する《黙笑居士自讚》は金正喜楷書のなかでも規範となりうる代表作です。赤い地色の冷金紙に行間と字間を合わせるために最後に黒い墨で「阮堂」、「金正喜印」と印章を捺しています。

 《黙笑居士自讃》右側部分(右)と左側部分(左)。金正喜は1行に4字ずつ、合わせて21行に82字を楷書で書き、最後に黒い墨で阮堂金正喜印を捺しました。

《黙笑居士自讃》右側部分(右)と左側部分(左)。金正喜は1行に4字ずつ、合わせて21行に82字を楷書で書き、最後に黒い墨で阮堂金正喜印を捺しました。

行をうまく合わせて一字一字心を込めて書いた字です。このように井間に文字を書くことは中国の唐の時代に流行したものとして韓国でも新羅時代の石碑からも発見できます。金正喜の傑作《歲寒図》の跋文も線で区切られた四角の枠に楷書体で書かれたものです。《黙笑居士自讚》の楷書は細長い姿形で筆画の変化が大きく鋭い筆致です。全体的に柔らかさの中の力を感じさせる金正喜の楷書の基準になる名作です。中国の欧陽詢体を骨格とし、顔真卿の筆法を加味して強さとゆとりを兼ね備えているとの評を受けています。隷書の味を強く感じる《歲寒図》跋文の楷書とはまた異なる味です。

 《歲寒圖》跋文、金正喜、朝鮮時代 1844年、巻物/紙本墨書、国宝第180号、孫昌根所蔵

《歲寒圖》跋文、金正喜、朝鮮時代 1844年、巻物/紙本墨書、国宝第180号、孫昌根所蔵

 左側絹の装潢部の一番下に白字で凹彫りの四角の印文「金逌根印」が捺されているため、《黙笑居士自讚》は金正喜が書き金逌根が自身の印章で装潢部分を飾りました。

左側絹の装潢部の一番下に白字で凹彫りの四角の印文「金逌根印」が捺されているため、《黙笑居士自讚》は金正喜が書き金逌根が自身の印章で装潢部分を飾りました。

この作品に捺されている「阮堂」、「金正喜印」印章により「黙笑居士」とは金正喜の号であり《黙笑居士自讚》は金正喜が自身の号の意味を記した書として認識されてきました。しかし2006年、国立中央博物館企画特別展「秋史金正喜: 学芸一致の境地」を準備しながら、この作品の地の紙と周囲の絹地との間に捺された印章を調査し、字を書いたのは金正喜ではなく彼の友人の金逌根である可能性を提示しました。この作品に全部で89個の印文を確認できるのですが、上段と下段の地の紙と周囲の絹地を連結させた場所に合縫印で「醉翁」と「黃山」がそれぞれ35回ずつ捺されています。左右の絹の装潢部には異なる印章がそれぞれ9個と10個ずつ捺されています。これらの印章は肉眼で判読することは難しいですが、よく見るとこの作品が黄山・金逌根と関連があり「黙笑居士」は金逌根のもう一つの号であることを推測できる印章が隠されていることを発見できます。

下段に合縫印で赤字の凸彫り、円形の「黃山」印が捺されており左側の絹の装潢の最下部に白字で凹彫りの四角の印文「金逌根印」が捺されているため、《黙笑居士自讚》は金正喜が書いて黃山・金逌根に贈り、金逌根が自身の印章で装潢部分を装飾したものと考えられます。そして「金逌根印」の真上には赤字で凸彫りの「黙笑居士」四角い印章があり「黙笑居士」と金逌根の関連性を高めています。その他にも右側最下部の「玉磬山房」と左側の上から4番目の「玉磬書齋」、5番目の「縁境為戯」はすべて金逌根が使用した印章です。印章の朱色が同一であるため同じ時期に捺されたと考えられ、「黙笑居士」を含めすべてが金逌根の印章と考えても差し支えないでしょう。また書の内容が言葉を発さず沈黙と微笑みを貫くという内容ですが、これは金逌根が1837年から1840年まで失語症に悩んでいたという状況とも深く関係します。印章の分析を通して提示した、金逌根が「黙笑居士」という号を作り、これに対する文を作って金正喜がこれを書いたという見解を確かに支えうる資料が2007年に登場しました。

金逌根の文集『黃山遺稿』が金逌根の子孫によって楊平親環境農業博物館に寄贈され世の中に存在が知れ渡るようになったのです。この文集の巻4に収録された「黙笑居士自讃」はこの文章の作者が金逌根であることを明確に知らせています。長い年月の末ついに「黙笑居士」の主人を取り戻したのです。

金正喜と金逌根の石交之交

金逌根(字:景先,、号:黃山、竹林)は金正喜、彛齋権敦仁(1783~1859)と共に三銃士という言葉が似合うほど幼少より深い友情を結んだ人物です。彼は、本貫は安東で安東金氏の勢道政治の核心勢力であった金祖淳(1765~1832)の息子であり純祖(在位1800~1834)の妃純元王后の兄です。当時、慶州金氏である秋史の一族と安東金氏である彼の一族の政治的対立が深刻な状況であったにも関わらず、金正喜と金逌根の詩書画の交遊を通した友情が揺らぐことはありませんでした。『黃山遺稿』には3人の親交に関する文章が載せられています。金逌根は下記のように彼らの篤い友情について書いています。

“私と彛齋と秋史は人々の言うところの石交(金石のように厚く堅固な友情)の仲です。互いに会えば政治的な得失と人物の是非については語らず、怜悧と富についても言及しない。ただ古今について話し書画を評するだけである。1日でも会わずにいるとふいに悲しくなり気を失いそうになった(…)印はその人の姓名と自號がすべてそこにあるのでまるでその人を見ることができるかのようだ。古い絵1点を求めると左右の余白にすべて2人の印を捺して顔に代わる資料とした。そうすれば会わない日は1日すらないとみなしてもいいはずだ。”

互いに友の分身と考えた印章が《黙笑居士自讚》では実体を明らかにするための鍵となりました。金正喜は病に苦しむ友人のために彼が書いた文の内容を反芻しながら一字一字に心を込めて書き下し、金逌根は自身の印章を手ずから捺してこれに応じたのでしょう。

新たな史料の発掘によってこの作品の制作時期も把握することができるようになりました。金正喜50代の作とみる見解が一般的ですが、30代の作とする見解もありました。しかし書の内容に関連させて、金逌根が失語症に悩み始めた1837年がこの楷書の作品の上限であり彼が死亡した1840年が下限であることがわかります。つまりこの作品の制作時期を金正喜の満51歳から54歳にまで狭めて考えることができます。正確な制作年代を知ることはできませんが、この楷書作品は金正喜の50代前半楷書の基準作であるというもう一つの意味を付与することができます。

金正喜と金逌根の生前の石交之交は1840年に幕を下ろしました。1840年に金正喜は済州島へ流刑に処され、金逌根は同じ年に世を去ることになり、金正喜が流刑から解かれるために力を尽くすことはできませんでした。遅れて流刑地で彼の訃報を聞いた金正喜は嘆かわしく思いました。

“沈黙せねばならないときに沈黙するのであれば時中(その時の事情によって適切に振る舞うこと)に近く、笑わねばならないときに笑うのであれば中庸(片方に寄ることなく真っすぐである)に近い。善し悪しを判断するときや、世の中で官職に就いたり隠居を決心する時期が来る。このような状況で行動するときは天理に背かず、じっとしているときは人情に逆らわない。沈黙するときに沈黙を守り、笑うときに笑うという意味は素晴らしい。言葉を発さずとも私の意を知らせることができるのだから、沈黙を守ろうが構わないではないか! 中庸の道を会得し感情を発散するために笑おうが何の憂いがあろうか! 苦労をするだろう。私自身の状況を鑑みるに禍を免れることはできるようだ。黙笑居士が自らを讃える。(當黙而黙, 近乎時, 當笑而笑, 近乎中. 周旋可否之間, 屈伸消長之際. 動而不悖於天理, 靜而不拂乎人情. 黙笑之義, 大矣哉. 不言而喩, 何傷乎黙. 得中而發, 何患乎笑. 勉之哉. 吾惟自況, 而知其免夫矣. 黙笑居士自讚)”

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