収蔵品

収蔵品データベース

高句麗時代墓の壁画模写図

  • 時代

    高句麗

高句麗(紀元前37~紀元後668)は、鴨緑江(アプノクカン)中流で建国され、次第に周辺地域を統合し、遼河江の東から韓半島の中部にいたるまでの大帝国を築いた。高句麗の古都一帯から多く発見された壁画墓はユネスコ世界文化遺産に登録されるなど、その歴史的価値は広く認められている。高句麗の人々の衣服、生活像、社会像そして死後に関する世界観も窺える。

墓の壁画は3世紀末から7世紀まで多く描かれたが、時期によって内容や構成に変化があった。3世紀末から5世紀はじめまでは、主に墓の主と関連の内容が描かれ、来世でもこの世と同じ生活が自足することが願われた。5世紀中頃から6世紀はじめには、風俗を描いたものや、当時の仏教の流行と関連があると思われる蓮文様などが多く描かれた。6世紀中頃から7世紀前半には四神(青龍、白虎、朱雀、玄武)が主なテーマとなった。

これは日本の植民地時代、朝鮮総督府博物館からの依頼で、東京美術大学の小場恒吉と太田福蔵が20世紀はじめに製作したもので、江西大墓古墳壁画を実物大に模写したものである。江西大墓は、南浦市江西区域三墓里に位置し、高句麗を代表する石室壁画墓であり、平らに削られた壁面に四神図が描かれている。壁画の四神は写実性の高い描写でダイナミックに描かれている。とくに、これらの模写図は壁画が毀損されたところもそのまま再現したという点において学術的な価値が高く、実物の壁画の毀損が深刻化している今日、高句麗の墓の壁画の原型を把握する上で重要な史料となっている。

 

* 江西大墓壁画模写図(1930年頃)

ズームイン/アウ

04383 ソウル特別市龍山区西氷庫路137TEL:+82-2-2077-9000 (韓国語・英語)